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− 平等院鳳凰堂 -

 
藤原一族の栄華を今に伝える 極楽浄土信仰の象徴的建造物。

平安時代中期、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽往生を願う浄土信仰が広く流行していた頃、時の公卿藤原兼家の五男 藤原道長(966-1027 )が源重信の婦人から、平安貴族たちが別荘として200年余りに渡り所有していた宇治殿を譲り受けました。

永承7年(1052)道長より伝領を受けたその子
藤原頼通大日如来を本尊とする仏寺に改め、平等院としました。

翌年の
天喜元年(1053)には平等院の阿弥陀堂が落成。屋根に鳳凰が飾られ、 建物自体が羽根を広げた鳳凰の姿に似ているところから鳳凰堂と呼ばれています。堂内には、平安時代の最高の仏師定朝によって作られた阿弥陀如来坐像が安置されました。

平等院はその後、大きな戦乱に巻き込まれます。

治承4年(1180)源平の争乱。源頼政父子が宇治川の合戦で平家に敗れ、頼政は平等院境内の扇芝で自害。その子仲綱も阿弥陀堂内で切腹。

建武3年 (1336)の宇治合戦 足利尊氏と楠正成の戦いのおり楠勢により放火され阿弥陀堂、鐘楼、北門を残しほとんどが焼失。

文明18年(1486)応仁文明の乱の余波を受けた山城の国一揆。

その後
明応年間には、浄土宗僧侶の城誉栄久が入り浄土院を開いて復興に努めました。
江戸時代以降は、天台宗系の最勝院と浄土宗系の浄土院が輪番で平等院の管理にあたっています。

建立から約1000年、そのたたずまいは藤原氏の極楽浄土への思いを現在に伝えています。

十円玉の表側に刻印されていることでも有名です。正式な名称は「阿弥陀堂」。


平安時代の最高の仏師定朝によって
作られた
阿弥陀如来坐像
(定朝の作成したものでは唯一現存。)
鳳凰・現在屋根に載せられている鳳凰は
レプリカで本物は鳳翔館で見ることが出来 ます。


 
キットについて

■ 縮尺1/70 

■ その精密な再現度は、従来商品に比べ格段に向上しています。
   これ以上はない「平等院鳳凰堂」の決定版としての商品化です。

■ ほぼすべての部品で檜材を使用。(一部基壇部、補強材などで別材質使用。)

■ 本殿内部には木彫りの阿弥陀如来坐像、光背は精密エッチングで再現。
□木彫り阿弥陀如来 □エッチング原図

■ 屋根上の鳳凰、本殿前面に鎮座する石灯篭、その他 金属部品で再現。


現在開発中。2004年3月発売予定。